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急須コップ「楽ティー」と有田焼

 

有田焼の歴史

  有田焼には400年もの伝統があり、日本磁器の発祥の地です。
 
  有田焼の誕生は、あの豊臣秀吉が生きていたころです。

  1592年、秀吉が大陸侵攻の拠点として、九州の唐津に名護屋城を築きました。
  有名な「朝鮮出兵」ですね。 

 その当時、茶道文化人のたしなみであり、また茶会はお客様をもてなすためだけでなく、
 情報交換の場として重要でした。
 
 特に秀吉は非常に茶の湯に熱心で、歴史に残る大茶会を何度も催しました。
 九州でもたびたび華やかな茶会が催され、それが結果的に周辺地域での陶芸意識の向上に
 つながりました。

 結局第一次朝鮮出兵は失敗に終わりますが、その撤退時に佐賀藩主、鍋島直茂が
 朝鮮から多数の陶工を連れ帰ってきました。

 その陶工の頭だった李参平が有田焼を生み出すことになるのです。
 
 1616年、李参平が有田にて白磁鉱を発見し、大変な苦労の末に日本で最初の磁器が
 焼かれました。
 これが有田焼の起源であると伝えられています。
 
 こういう経緯から、朝鮮出兵は別名「やきもの戦争」とも呼ばれています。
 侵略戦争が文化の融合を生み、日本の伝統工芸の礎となったのは複雑な気分ですね。

 後に周辺の陶工が有田へと移り住み、江戸時代に有田焼は「古伊万里」として大発展
 することになります。
 
 「古伊万里」の名は、多少でも骨董をご存知の方なら、必ず耳にしたことがあると
 思います。

 有田焼には人から人へ脈々と受け継がれてきた伝統があります。

  長い歴史の中で、丈夫で欠けにくく、 透き通るような美しい白色彩の豊かさといった
  有田焼独自の魅力が培われてきたのですね。