薩摩焼には400年もの伝統があり、数々の名品を生み出し続けています。
薩摩焼の誕生は、あの豊臣秀吉の「朝鮮出兵」にまで遡ります。
第17代薩摩藩主、島津義弘は朝鮮出兵に参加し、大陸の戦場へと向かいます。
結局朝鮮出兵は失敗に終わりますが、その撤退時に朝鮮の陶工80数名を連れ帰ってきました。
島津義弘は千利休の弟子であり、茶道にも熱心で、文化や産業の振興に力を注ぎます。
1598年(慶長3年)、上陸した陶工たちは薩摩の各地に窯を作りました。これが薩摩焼の起源です。
彼らは当時、世界最高水準の陶芸技術を身につけていました。異国の地で相当な苦難があったでしょうが、
多くの優れた作品を世に生み出していきました。
薩摩焼は大きく分けて、「白薩摩」と「黒薩摩」の2種類あります。
「白薩摩」は「白もん」と呼ばれ、藩主御用達の品として一般の人の目に触れる機会はありませんでした。
繊細で華麗な上絵や、精巧な透彫りがほどこされた優美な逸品が多いです。
これに対して、「黒薩摩」は「黒もん」と呼ばれ、庶民の生活の器として用いられ,漆黒の光沢が美しく、
素朴で剛健な焼き物として人々の暮らしにとけ込んでいます。
薩摩焼はこのように長い伝統と多様性を併せ持っているのです。
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